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トラベル日記

投稿日:2017年03月08日

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ドイツ中部の豊かなテューリンゲンの森に囲まれた小さな町アイゼナハ。
ゲーテやルター、バッハとの縁も深く、丘の上のヴァルトブルク城は世界遺産。
あまり表舞台に登場しませんが、中世ロマン漂う街並みが人気の観光地です。

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アイゼナハの駅から15分ほどあるいたところにある「バッハハウス」は、

バッハに関する資料や視聴覚室がある記念館。
バッハはアイゼナハで生まれ、少年時代までここで過ごしました。
記念館はバッハ親族の住まいだった建物を改造したものです。

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館内に入ると、ちょうどチェンバロよるミニコンサートが始まるところでした。
この部屋にはバロック時代の貴重な弦楽器や楽譜が展示されています。

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ミュージックルームではカプセルのような
椅子に座ってバッハの世界に浸ることができます。

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バッハハウスを後に、丘の上に立つバルトブルグ城へ。
元気のある人は徒歩で30分。
バスもありますが途中から10分ほど山登りします。
この城のはじまりは1067年。ヴァルトブルク城は、1067年に
テューリンゲン伯ルートヴィヒ・デア・シュプリンガーの
命で城塞として建設され、
その後に増築を重ね、現在の姿になりました。
これほど歴史の密度が高い城もそうありません。


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煌びやかな部屋はハンガリーから輿入れしたエリザベートの部屋。

王女エリザベートは、14歳の時に城主の息子ルートヴィヒと結婚します。
しかし、ルートヴィヒが従軍中に死亡すると、城を追い出されてしまいます。
その後は貧しい人々の救済に尽力し、病に倒れ24歳の若さで亡くなります。
その4年後、ローマ教皇の命により彼女は列聖されます。

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12世紀頃、大広間ではミンネゼンガー(吟遊詩人)たちによる
歌合戦が日々催されました。
その様子を19世紀の音楽家ワグナーが歌曲にしたのが、
歌劇「タンホイザー」です。
ここがネタ元だったのですね。

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この城が有名な理由のひとつとして、
宗教改革者ルターとの関係が挙げられます。
1521年にルターはローマ教皇から破門された上に、
神聖ローマ皇帝カール5世からも帝国を追放されます。
そんな彼をこの城にかくまったのがザクセンのフリードリヒ3世でした。

かくまわれていた約1年の間に、
当時ラテン語以外で記すことを禁じられていた聖書を、
1年かけてドイツ語に翻訳し、誰もが読める聖書が完成しました。
これは後に、ドイツ語の発展の基礎にも繋がったのでした。

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ルターを尊敬していたゲーテは、自身がワイマール宰相となってからも、
ヴァルトブルク城の修復を指示しました。
その甲斐あって私たちもこうやって見学できているわけです。
ゲーテさんありがとう。

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城の一部として隣接しているホテルのレストランではテューリンゲンの森を
眺めながら伝統料理をいただくことができます。
ドイツ国内でも一目置かれるテューリンゲンの焼きソーセージもありますよ。

ドイツ観光局

※本記事は執筆ライターの同意のもと、他媒体にも提供されています。

写真・文/鈴木博美
旅行業界で15年間の勤務を経てフリーの旅行家へ。
旅を通じて食や文化、風土を執筆。
雑誌媒体等に海外各地の旅の記事を寄稿。
著書に一人旅に役立つ電子書籍「OL一人旅レシピ」
インド編、ベトナム・カンボジア編、エジプト編、
世界中の美味しい料理をおうちで作る「いつもの食材で作る世界の料理レシピ」。
ブログ「空想地球旅行」で旅のあれこれを発信中。

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